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2006年9月

2006.09.29

しまわたり 楽日

しまわたり きょうは海ではなく
ひたすら山を目指す…出発直前に決めた

ロジャー・ディーンの世界
1701
御三戸嶽…水中から突起した石灰岩が風化した姿

旅は冒険
1702
意外と高所恐怖症だったりして
先へ進めなかった…のは雨のせいだけではない

天気は悪化の一途を辿り
1703
BGMは (a forest) by CURE

石灰岩の雨水による“溶食”のせいで
その奇怪な容姿が形成されるというカルスト地形
…日本三大カルストの一つ
四国カルストの眺望所「姫鶴平」
右を向いても
1704_1
左を向いても
1705
真正面に見えるはずのカルストの奇岩群は…
1706
雲の中… 四国カルストの眺望所「姫鶴平」 なのに

雲の中で見る景色なんて
日本全国何処でも同じ
そこが四国であろうと、津軽であろうと大差なく
一面に続く白く濁った世界は場所を問わず一律の景色…
こんなんなら
急いで今治方面へ引き返そう!
叩きつけるような雨に、風も加わって…
遂に台風の手がすぐそこまで伸びてきたようで

1707
海の風景もどことなく控えめで閉塞気味

最短で帰れるフェリー乗り場へ車を飛ばしても…
1708
人っ子一人の影も無く、波しぶきだけの埠頭
1709
港では大型船が小型船を消波役として護っている

しょうがない
来た時と逆順でしまなみ海道を寄り道無しで一直線に北上!
1710
来島大橋からスタート!
→伯方・大島大橋→大三島橋→多々良大橋→
1711
生口橋…空がどんどん暗くなり、突風が車を躍らせる
1712
因島大橋…ワイパーも役に立たない大きな雨粒
→尾道大橋… 約60kmを40分弱で走破
暴風雨の魔の手をすり抜けたか?
で、本州へ上陸
1713
山間に覆いかぶさるようにして後を追いかけてくる雲
果たして飛行機は飛ぶのか?

間一髪!次の便は欠航だけど
ウチの便はギリギリ飛んでくれた…けど揺れに揺れた
“揺れても航行に支障が無いように造られております”
スチュワーデスがイスに括り付けになりながらアナウンス…
いっそ、揺れないように造って欲しいもんだ

台風を置き去って一気に東京へ
エアポートリムジンで吉祥寺までノンストップ!
1714
おつかれさま~

スレスレで恵まれた晴天がいかに貴重なものだったか
最終日の雨でよく解った
写真が殆ど撮れていない…
けど初めての瀬戸内、しまわたり
いつものように、過ぎてしまえば
これまたどんな天気でも楽しい思い出なのであります

詳細な旅行記はこちらから
0919

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Vpvox 

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2006.09.27

しまわたり 岬めぐり

三日めは岬を目指す

双海からみた…蜃気楼のように浮ぶ本州側の島々
1601

佐田岬は四国最西端
50キロも突き出した細長い半島
1602
向こう側は九州は大分県、関町の港…関鯵・関鯖で有名な…
これが愛媛側で獲れると、“関”の字を冠する事が出来なくて
揉めてたらしいけど、市町村合併で“関町”そのものが消滅
あ~らら

怪しげな林道がお出迎え
1603
時折開ける尖がった景色
1604
聴こえるのは波の音と雨粒が葉を叩く音だけで
1605_1
のっぺらぼうの海の子守唄

佐田岬のカマキリ君と遭遇…オッス!
1606

八幡浜市の明治の古い町並み
古過ぎて道幅が狭~い
やっと車を停めて“もっきんろーど”へ
1607

そして再び双海へ
1608
EARTHBOUND片手に落陽を待つ
1609
東北・日本海とはまた違った揺れ具合の浜辺

そして宵闇
1610

三日めの夜が静かに訪れる
四国最先端を制覇した達成感でかなり満足
“最果ての地”には妙に惹かれるのであり

そして最終日は…

三日めまでの詳細な旅行記はこちらから
0919

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Vpvox 

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2006.09.24

しまわたり しまなみ

二日めの朝は一番で広島の原爆ドームへ
意外と小さい建物。意外と狭い広場…
1501
この上空600メートルで爆発…真下のこの建物は
爆風を真上から受けたため全壊は免れた
すっかり秋の装いを呈す空を背景にしても
60数年前の夏のあの日のままで時間が止まっている

広島を出て尾道へ
そして瀬戸内の島々を橋で結んだ “しまなみ海道” へ

向島…
1502
しまなみ海道の歩き方?をレクチャーしてくれた
フラワーパークの親切な職員さん

因島…
1503
村上水軍活動の拠点となった島のひとつ
比較的大きくて栄えている島。昔は因島市として独立していた

白滝山の五百羅漢
1504
山頂の展望所からの眺めは最高♪
瀬戸内海が360度見渡せる絶景

復元された因島(村上)水軍城
1505

生口島…
1506_1

大三島…しあわせの鐘をならすと
1507_1

伯方島…から鶏小島を覗く
1508
正月にその島に住むといわれる金鶏の鳴き声を聞くと
幸せになれるというけど

大島
1509
売店で魚を買って初めての七輪炭火焼
帆立・蛤・海老・穴子・ホゴ…
調味料なんて要らない天然の味
海老は皮を剥いてから焼いた方が手っ取り早い?

来島海峡大橋
1510
を使わずにフェリーに乗って四国へ上陸
海が本当に川のように急流になっている
それが何本も、音も無く静かに早く流れている
この潮の流れがうず潮を…

松山にはブレードランナーフリーク泣かせの工業地帯
1511

そして松山市内へ
1512
締めくくりの晩酌は「雪雀」
響きが良いから…

曇天だけど雨の気配さえないまま二日目も無事終了
傘を持って歩くか、傘要らずで歩くか
旅では大きな違いなのであり
雨が降らないことは行動範囲もグ~~~ンと広がるのであり
…そして旅の三日目はいかに

二日めまでの詳細な旅行記はこちらから
0919

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2006.09.22

しまわたり 初日

思ったとおりの雨
思った以上の寒さに
朝から“おでん”なんか喰べちゃったりしてもう…

雨に始まった今回の旅も、広島上空では
燦々と降り注ぐ日の光りが機内にこぼれてくる
…秋雨前線は何処へ?週間天気予報は幻?

初めての広島と初めての四国で
行当たり場当たりの旅をはじめよう♪
今回は瀬戸内海の西側の島々を…島を渡る旅

倉橋島…
1401_1

江田島…
1402_1

そして急遽、予定外の宮島へ…

広島と云えば
1403
もみじ饅頭…

瀬戸内海の隠れた名物
1404
あなごめし…

宮島と云えば
1405
鹿…

日本の観光地のシンボルでもある宮島
台風の度に打撃を受けた痛々しい映像しか印象に無かったけど
常に修復が行われていて
建造当時に出来るだけ近い姿に保たれているのだそうで
海上に建てられた神殿…
なんてパンキッシュな!…などと思うなかれ
一つの島の自然環境と一体となった聖地
神道の精神に則った、正に“最も日本らしい”風景
1406_1

素晴らしい造形美
1407

わびさびのチルアウトな空間
1408

身が清まる思いさえ…
1409

歴史を知らなくても理屈抜きで感じるものは感じる…強がり?
1410

とても“まったり感”がありながら、しかし“非日常的”な世界
時間が止まっているような錯覚に陥るこの島なのに
ロープウェイも水族館もタイムアウトで体験できず(*_*;

それでも参道や神殿、もみじ谷に続く小道や五重塔…
あらゆる場面で不意に訪れる貸切状態
観光客はいるものの、疎らな人影

1411
週間天気予報 でも前日の予報でも雨だったはず…

島渡りの旅の初日はなんとか無事に終了
広島に戻って三軒ハシゴ
1412
ここの手羽先がとっても美味
秋刀魚の刺身も…

1413
ただ、広島風お好み焼きは…美味しかったけど
焼きそばはお好み焼きと別に食べたかったな~♪

詳しい旅行記はこちら(まだ初日分しかアップしてませんが)
0919
環境によってはかな~り重いかもしれませんm(__)m
写真、載せ過ぎました(・o・)


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Vpvox 

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2006.09.13

秋雨前線真只中

毎年、忘れた頃にもらう休暇
今回もこの時期に夏休み

去年は北へ出かけたので
今年は南へ…
宿とルートだけを確認
あとは行当たり場当たり
いつものパターンでフラフラ♪

避暑には遅すぎ
紅葉には早すぎ
台風シーズンど真ん中のオフシーズン
週間予報は連日の雨

毎回のこと
晴れたためしがない
毎年、天気との戦い
帰ってきた翌日から
日本秋晴列島になったり

景勝を愉しむか
味覚を楽しむか
天気次第だけど
そもそも
飛行機は飛ぶのだろうか…

ささやかな抵抗
Tb

これまた毎回のこと

では暫しごきげんよう~

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中国土産

病気の祖父のお見舞いから
お土産を持って帰ってきたチャイニーズの友人
いつも必ず何か持ってきてくれる
普段は大好物の腸詰なんだけど
今回は“急なことだし要らないよ”と云ったにもかかわらず
なにやら沢山食べ物(酒の肴)を持ってきてくれた
その中で珍しかったのが
お酒とタバコ
Ug01
アルコール度数56度のお酒…焼酎?何?
訊いてみたけどお酒を飲まない彼には
そんな区別は判らないらしい…
タバコは、いま流行ってるタバコらしい…リジュン…だっけ

ホントに律儀なチャイニーズなのだ
いつもありがとう!
遼寧(りょうねい)省出身の彼は
来日してまだ2年なのに、殆ど日常会話には不自由しない!
ただ、帰国直後は日本語が安定して話せないようで
お土産のお礼も兼ねて、居酒屋で夕飯がてら
日本語慣らしの話し相手に…これが恒例になっている

日本の歌も大好きで
カラオケに行くと、一語一語、言葉を噛みしめるように
丁寧に一生懸命に唄ってる
十八番は(ハナミズキ)!

そんな中、またまた初発見!の希少曲が…
Ug02
こりゃ~気合入りまくり!

…他にもたくさん初発見曲があったのだけど
他にも感動したのはこれ
Ug03
…別にクイズやるつもりじゃないけど
なんだか明かすのがもったいないので
曲名は伏せておこうっと
ビートルズ・ファンでも判らないかも…

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2006.09.11

アボリジニについて

すっかりアボリジニの作風に入れ込んでしまった昨今
タイミングよくこんなものを見つけて
さっそく出かけてみた
…またも代々木上原でのお話

Aa00

こぢんまりとした小さな画廊だったけど
他に誰もいなかったせいか
とても丁寧にアボリジナル・アートについて
レクチャーしてもらえた…そして歴史も…
とても興味ある内容だったので、自分でも少し調べた

アボリジニとは

もともと aboriginie = 先住民という意味なのに
今ではオーストラリアの先住民に限って
“アボリジニ”と呼んでいるらしい

オーストラリア大陸という、ある意味隔離された世界で
独特の進化を遂げながらも様々な部族が派生し
文字文化を持たないアボリジニは
その言語だけでも部族ごとに数十種類あるそうで…

時にはブーメランなんかを駆使しつつ
カンガルーやワニ狩りをして
定まった居住地を持たずに洞窟などを転々としながら
大地と共に生活を営み続けてきたアボリジニだったけど
200年前のイギリスの殖民地政策でなだれ込んで来た
白人達によって、“アボリジニ”の存在そのものを
“なかったことにしよう”と云わんばかりに抹殺された!
多くのアボリジニがスポーツハンティングのように虐殺され
人口は90%も減少したというから
恐るべし!白人…

難を逃れるようにして
大陸内部の砂漠地帯で暮らすことを余儀なくされた彼等に対し
オーストラリア政府の“保護政策”という
耳触りと体裁の良い言葉のもとに行われた
「宗教の強要」「親元からの隔離」「土地の奪取」などの
精神的・肉体的虐待が
40年ほど前まで平然と行われていたそうで…

この白人達の“白人の支配下に置く”為に
手っ取り早くアボリジニを“白人化させよう”とする
一方的で差別的な試みも
1970年にやっと政策転換が行われて
先住権を認めたり、土地の所有権を与えたり
通貨や教育、衣食住の手配をして社会的地位を与えるという
“和解と共存・共栄路線”に変わったのだと云うけれど
余りにも長い間、迫害され続けてきたアボリジニが
現代の白人社会の機構に馴染むのは
困難を極めているのが現状らしく
そりゃもっともだという気がする

アボリジニが自然と一体となって暮らしていた世界
更に彼らの精神世界にまで入り込み
洗脳してきたのだから…
白人達の負うべき罪も大きいと思う

…思い出すとシドニーオリンピックの
聖火ランナーのアンカーはアボリジニだったし
開会式でもかなりアボリジニ文化を前面に押し出した
演出が為されていたのも
オーストラリア政府による、ある意味で贖罪だったのかも
…なんて思ってしまったりする

上下水道・電気・通貨・家・洋服…
アボリジニにもたらされた劇的で革命的な西洋文化
…彼等にとってそれが必要なものか否かの判断は
彼等自身に委ねるとして…

そんな彼等の描き出すアボリジナル・アートも
外部世界から持ち込まれた絵の具とキャンバスによって
大きく変わっていったのかもしれない

文字という文化を持たないアボリジニが
今まで “大地” と “自身の体” のみに書き記してきた
彼等の “記憶と記録” が
海を渡り、世界中の人々の目に触れることになった

その絵は彼等の地図であり、人生であり、伝言板であり
彼等の歴史であり、夢であり、神なのだ
…絵の具とキャンバス…
白人文化の押し付けの賜物に違いないこの道具が
彼等の存在を、しかし世界中に知らしめる手段になったのも
また皮肉なもんだ

こんなことはいまだに世界中で起きていることだし
日本人だって、戦争の名のもとに
誰に何をしてきたことか…?
他の国ばかり非難することは出来ないのであり

でも、今の世の中だからこそ
今の世代だからこそ出来ることもあり
先代達の過ちを認め、関係を修復することや
尊重し合い、信頼関係を築いていくこと
世界中の人たちが
それぞれの文化や価値観をどのように守りながら
そしてどのように迎合していくかを考えなくてはいけないし
もう、その時期はとっくに来ていて
現代の人々が、真正面から
取り組んでいかなくてはいけないことなのではなかろうか?

異なった文化・規律・宗教・価値観は
アボリジニ達に何をもたらすのだろう?
全く外界との接触のなかった彼等が描いてきた絵の
なんてシンプルで暖かく躍動的なことだろう
…そのラインや色使い、ミニマムなデザイン…

きっと、物欲に溺れた世界を越えた先の
ずっと向こうにあるべき世界が
見えているんじゃないだろうか

今回のアボリジナルアート展をが行われた
ギャラリー上原 のホームページはここ
とても感じの良いオーナー?さんでした
http://www.gallery-uehara.com/

そしてアボリジニアートを日本に、世界に紹介している
内田さんのことはこちらからどうぞ
http://mayumi.customer.netspace.net.au/
http://www.dinkum-j.com/STORY/Mayumiart/mayumi.html

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2006.09.10

マックス

あっつ~かった
一体何度まで上がったんだろう?
9月とは思えないジリジリ太陽
ベランダのヒョウタンも成長マックスかな?
立派なモンでしょう、この御姿
ここいらで収穫…
Spht04
っちょっと待った~
とりあえず回りの余分なツルを削除して
しばらく天然干しに

Ym

三鷹の八幡様は秋祭り
参道に並んだいくつもの出店の鉄板が
夏の名残の暑さにさらに拍車をかける
子どもも大人もずぶ濡れで…
Dsc05514

大通りは御神輿が…
吉祥寺の町も御神輿だらけ
大渋滞を引き起こして
動かない幹線道路の車からの排ガス

で、すっかり日も落ちた夜
遠くから八幡様の大太鼓の音が
ド~ン ド~ン
ようやく涼しくなった網戸の向こうから
なんとな~く聴こえている

…暑かった…

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2006.09.09

東京ジャーミイ

東京ジャーミイ…
東京ジャーミイ・トルコ文化センター
ジャーミイとは礼拝堂のこと
Tc01

1984年に取り壊された東京回教教会を復興させるべく
トルコが国を挙げて建設基金を設立
セメントと水と鉄筋以外の総てをトルコ本国から調達
100人もの建築職人や装飾の専門家を呼び寄せて
2000年に完成した東京ジャーミイ

カッパドキアをきっかけに
トルコの文化に少しだけ興味を持つようになり
土曜の午前中という静かな時間帯?を見計らって
ちょっと覗きに…

特に拝観料なども要らず
閑静な住宅街の大通りに面した、非常にオープンなスペース
教会という、ある意味大衆性を持った施設ならではの
共有空間の心地良さ
入って事務所の男性(恐らくトルコ人)に
“こんにちは。見学して写真を撮りたいのですが”
と挨拶をすると“はい。どうぞ”とニコニコ顔
Tc02
入ってすぐ左手に、トルコの応接間を再現した部屋が…
この文様・色合・質感…どれもが本物の風格と気品を感じさせ
ちょっと寛げる気分じゃなかったけど…

礼拝堂は2階
これが圧巻!
Tc03
本当にここは東京なのだろうか?
スケール感や色合いが伝わらないのがもどかしい
…ってか、カメラのフレームに収まりきれない…

Tc04_1
ステンドグラスは、宙にほんのりと淡く浮かんでいるようで
はっきりとした幾何学的な模様に彩られた壁の模様と
対照的な美しさ…

Tc05
シャンデリアを真下から見たところ…

今回はあいにくカメラのバッテリーが無く
思った量の1/10も撮影出来なかったけれど
静かなこの建物の中に一歩足を踏み入れた途端
そこはもう東京とは思えない空間

Tc00

写真撮影が目的なら受付の人に一言断って
事前に許可を得ておくこと
女性がジャーミイに入る時は
髪をスカーフなどで覆い、見えないようにすること
この二つが注意点と云えば注意点

興味ある方、場所や時間帯など詳しくは公式サイトでどうぞ
キレイな写真も載ってます
東京ジャーミイ・トルコ文化センター
http://www.tokyocamii.org/japanese/index.html

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2006.09.05

アボリジニのカンガルー

さてブ~ちゃん(人間)が、沢山仲間を連れて帰国した

なかでも一番のお気に入りは
アボリジニの民芸品!
オーストラリアと云えばアボリジニ
アボリジニと云えばカンガルー♪
これがまたアボリジニ独特の描き方で、何とも云えない
決して可愛いとも云えないけど、味わい深い彩色
Kon
えっ!こんなのありぃ~?なカンガルーだけど
カメレオンじゃ~ありません(-.-)

初めてオーストラリアを訪れて
カンガルーを見たヨーロッパ人に
“あの動物は何?”と訊かれたアボリジニ(原住民)が
“アンタ達、何云ってるのかわからない=カンガルー”と答えたのが
カンガルーの名前の由来
…なんてもう、今更ってネタだけど(^^ゞ

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2006.09.02

ウルトラマン展

この歳でウルトラマン…
呆れられるもの、相手にされないのも解ってるけど

世田谷文学館で催されている
不滅のヒーロー ウルトラマン展へ…
夏休も終わった今ならガキんちょ…否、お子ちゃま達も
出現率が低かろうという目論見通り
空いていてゆっくり観ることが出来た
Um01
当然ながら写真撮影できる場所は限られている…

お目当ての“着ぐるみ”は数が少なく不完全燃焼
でもなぜかゴジラ2000のミレニアムゴジラの着ぐるみが…!
“手を触れないで”と書いてあるので
0.0001ミリくらいまで近づけてガマン(*_*;
係員がこっちを見ていたから、係員と目を合わせながらも
0.0001ミリという神業でゴジラを感じつつ♪

着ぐるみではないけれど“くり抜き”発見
“くり抜き”好きとしては、周囲の視線なんて気にならない
さっと入ってカシャっと
Um02
随分肉付きの良いピグモンだこと…
と思ったら、いやいや、これは「隕石小型珍獣・ミーニン」だって
ウルトラマンコスモス?…なんだろ(-.-)

もう一つのお目当ては“池谷仙克氏のデザイン画”
氏のデザインによる怪獣達はどれもとてもフォルムがキレイで
ハズレが無く、印象深いクリーチャーばかり!
もう、じ~っと魅入ってしまった(^^ゞ

で、なんか奥まったところに…
Um03
あの名シーン
でも、何か違う?絶対おかしい!
ここにいるのはウルトラセブンのはず!
なんだ適当だな~
…と思ったら
これはウルトラマンマックス…なんだろ(-.-)…のワンシーン
興味あるな~DVDでも借りて来よっかな♪

そしてラストは
よく判らないけど司令室
Um04
こんなキャップの指令なんて
どんな隊員も聞くわけ無い
ってか宇宙人と思われて撃たれるか…
確かにお子チャマが一人、スッゴイ目で睨んでた
何故?ジャマ?
ハイハイ

てなわけで楽しい見学だった
ウルトラマンにハマる気持ちが解らない人には解らないし
理解しようとしてもらうことも難しいだろうけど
あの頃、自分達が熱中し、狂喜乱舞していたウルトラマン

そのウルトラマンを作り出していたのが
今の自分のような“大人”だったことを忘れちゃいけない

40過ぎてもウルトラマンって騒ぐの?なんて云う輩には
当時ウルトラマンを創っていた40過ぎの大人達の熱意など
伝わらないのかもしれない

今日もウルトラマン達を子どもの目で眺めていたつもりだったけど
今の自分が
ウルトラマンを作り出した人達と同じ年代…或いはそれ以上…になり
果たして今の自分には
こんなバイタリティーや想像力・創造力ってあるのかな?
なんて思ってしまった

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ぶつよく

マニアやコレクターは
音源だけ聴いていれば良いってものでもなく…
つい先日もストーンズのベロマークのカバー欲しさに
買ってしまった携帯電話
結局、使い勝手が合わなくて数日で元の携帯に戻してしまい
いまはただの飾り物に…傷つかなくて逆に良いかも

で、最近、懲りずにこんなのも
Ststrap
前回の携帯カバーと同じシリーズだけど
これなら他の携帯でも使える(^^ゞ
しかもけっこう分厚くて存在感抜群

…まだ開封すらしてないのになぜか判る(^^ゞ
同じのを持ってる人を見かけたら
声を掛けたくなってしまうかど
“なに?このオヤジィ~ッ!”
「どん退き」間違いなしだろうな


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2006.09.01

想定外

その後
いきなり
第一号の左側に第二号が出現…
第一号の後ろの予備軍はちょっと元気ない
ってか早くも茶色に変色して昇天(-.-)
Sphyoutan02
これが8月29日

で、見る見る間に一号を追い越した二号!
ってか一号もシワシワになって昇天(*_*;
Sphyoutan03
あっという間の巨大化(^.^)
大きくなるヒョウタンってだいたい急成長する
だから去年も、
気が付いたら、で~んとなってたのがいくつかあった

ちょっと歪(いびつ)だけど…
まいっか
“がんばれ~”というとプレッシャーになって
一号みたいにシワシワになるから
気楽に気楽に
“こんちは~”と一声ご挨拶だけしておこう

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